アクセス・場所
〒464-0065 名古屋市千種区堀割町1丁目9番地にございます。
覚王山の丘陵地に位置し、大通りから一歩北へ入った閑静な住宅街の中にあります。昼間も木々の緑が濃く茂る、落ち着いた佇まいの記念館です。
TEL:052-763-1991 / FAX:052-763-1992
地下鉄 東山線 「池下」駅 下車、徒歩約3分です。
- 名古屋駅からは東山線で約40分(伏見・栄乗換えも可)
- 新幹線ご利用の場合は名古屋駅で東山線に乗り換え
- 新大阪駅からは新幹線で名古屋駅へ(新幹線約50分)、その後地下鉄に乗り換え
爲三郎記念館には専用の無料駐車場がございます。台数に限りがありますので、できる限り公共交通機関(地下鉄)のご利用をお願いしております。
お車でお越しの際は、周辺のコインパーキングもご利用いただけます。
開館時間・入館料
通常 午前10時〜午後5時(最終入館は午後4時30分まで)です。
- 月曜日(月曜日が国民の祝日の場合は翌火曜日)
- 展示替え期間(古川美術館の展覧会が開催されていない期間)
爲三郎記念館は古川美術館での展覧会開催時にのみ公開となります。ご来館前に必ず最新の開館スケジュールをご確認ください。
古川美術館と爲三郎記念館は 2館共通入館券 でご入館いただけます。
| 区分 | 料金 |
|---|---|
| 大人(一般) | 1,200円〜1,500円 |
| 高校生・大学生 | 500円 |
| 中学生以下 | 無料 |
※ 休館・展覧会についての詳細は古川美術館ホームページをご参照ください。
爲三郎記念館のみの入館券を 600円 で販売しています。古川美術館と爲三郎記念館を両方ご覧になりたい場合は2館共通券がお得です。爲三郎記念館は徒歩約1分の距離にあり、ぜひ合わせてご見学ください。
歴史・人物
爲三郎記念館(旧古川爲三郎邸)は、古川美術館の初代館長・古川爲三郎の生前の邸宅を、「みなさまの憩いの場に」という遺志に基づいて一般公開した施設です。
昭和9年(1934年)に料理旅館「向陽館」の別館として建てられ、昭和20年(1945年)に古川爲三郎が住居として購入。以後、爲三郎が103歳で亡くなるまで居住し続けた邸宅です。
平成7年(1995年)11月3日に「爲三郎記念館」として開館。現在は古川美術館の分館として、展覧会や茶会などさまざまな催しが行われています。
2018年には、爲三郎記念館を構成するすべての建物が国登録有形文化財に登録されました。
古川爲三郎翁(1890年〜1993年)は、一代でヘラルドグループを築き、103歳の天寿を全うした実業家です。明治23年に現在の一宮市萩原に生まれ、3歳で名古屋市矢場町の古川家の養子となりました。
31歳で大須に映画館を開業して以来、名古屋の映画興業の歴史をその身で歩んできた人物です。晩年は会社経営と共に名古屋大学図書館(現・名古屋大学古川総合研究資料館)をはじめとする多くの公共機関へ多額の寄付を行いました。
「奉仕の精神をもって社会に貢献する」という爲三郎の理念と、爲三郎記念館に通ずる「おてなしの心」が今も息づいています。
| 年 | 主なできごと |
|---|---|
| 昭和9年(1934年) | 料理旅館「向陽館」の別館として建築 |
| 昭和20年(1945年) | 古川爲三郎が住居として購入(以後103歳で亡くなるまで居住) |
| 平成5年(1993年) | 財団法人古川会に寄付 |
| 平成6年11月 | 改修工事開始 |
| 平成7年11月3日 | 「爲三郎記念館」として開館 |
| 平成8年11月 | 田村能里子氏による桜の間「季の嵐」(天井)公開制作 |
| 平成19年3月 | 田村能里子氏による桜の間「季の嵐」壁画部分が設置 |
| 2018年 | 記念館を構成するすべての建物が国登録有形文化財に登録 |
国登録有形文化財とは、文化財保護法に基づき国が登録した歴史的・文化的価値の高い建造物です。
爲三郎記念館では、2018年に母屋「爲春亭」、正門・東門・待合・前庭、そして爲三郎記念館を構成するすべての建物が国登録有形文化財に登録されました。昭和初期の数寄屋建築の魅力を今に伝える貴重な文化遺産です。
建築・見どころ
母屋「爲春亭」は、昭和9年に建てられた格調高い数寄屋造りの和風建築です。桂離宮を模したような感覚もあり、釘を使わない木組みや下地窓など、茶屋風の遊び心が随所に見受けられます。
- 表門玄関:柿葺き(こけらぶき)
- 壁:本聚楽塗(ほんじゅらくぬり)
- 天井:杉板(サオ天井・網代天井・船底天井 など部屋ごとに異なる)
- 襖:京都唐長製
建物は南側の道路に合わせるように入母屋造りの棟を並べ、桂離宮の書院建築や横浜・三渓園の「臨春閣」にも例えられるほどの高い格調を誇ります。
| 部屋名 | 特徴・見どころ |
|---|---|
| 玄 関 | 格天井、鞍馬石の沓脱石。内側にトクサの絵、外側に漆塗の襖が印象的。 |
| 間想の間 | 平成19年、吉柳満氏の設計で誕生。土壁・琉球畳。廊下や庭など美しい「間」を眺め、想う空間。 |
| 桜の間 | 来館者へお茶を召し上がっていただくスペース。天井画「季の嵐」(田村能里子・平成8年作)、壁画「季の嵐」(田村能里子・平成19年作)が必見。 |
| 浮観の間 | 北垂れの傾斜地に建てられているため玄関から入ると1階に位置するが、庭を見下ろせる高さがあり「中に浮いたような状態で庭を見下ろせる」ことが名前の由来。 |
| 太郎庵 | 名古屋の茶人・高田太郎庵好みの茶室。床:踏み込み地板の台目床、天井:へぎ板の網代。 |
| 瓢の間 | 襖の文様にちなんで命名。琵琶床あり。障子上:円形下地窓(桂離宮「笑意軒」の写し)。 |
| 大桐の間 | 主室8帖・次の間6帖。床柱:赤松の皮付丸太。床框:黒漆塗り。山並みを写した連山薄肉彫欄間。 |
| 葵の間 | 4.5帖の茶室。墨跡窓・円形下地窓あり。地袋天板:屋久杉。貴人口あり。 |
桜の間には、日本画家・田村能里子氏による大作「季の嵐」が描かれています。
- 天井画「季の嵐」:平成8年(1996年)作。来館者に公開制作として制作されました。
- 壁画「季の嵐」:平成19年(2007年)作。開館15周年を記念して描かれました。
桜の間は現在、来館者にお抹茶や薄茶を召し上がっていただくスペースとしても活用されています。
| 項目 | 母屋(爲春亭) | 茶室(知足庵) |
|---|---|---|
| 建築面積 | 347.844㎡(約105坪) | 15.461㎡(約4.7坪) |
| 延床面積 | 364.492㎡(約110坪) | 15.461㎡(約4.7坪) |
敷地面積は 1,678.17㎡(約508坪) にわたり、広大な日本庭園が広がっています。
庭園
爲三郎が「大樹は精霊が宿る場所」と考え大切にしてきた庭は、四季の風情を色濃く映し出す名庭です。
- 主庭(本庭):北ダレ傾斜をいかした木曽川の寝覚ノ床に見立てた石組みと、滝の流れの傍らの鞍馬石の蹲が見どころのひとつです。
ヒノキ・モッコク・アラカシ等が林立し、都心にあることを忘れるような「市中の山居」の雰囲気が漂います。
平成6年の改修工事に際して行われた庭園の整備は、株式会社 井上造園設計事務所(井上卓之氏)が監修し、諸戸緑化産業 株式会社が造園を担当しました。
爲三郎記念館の庭は、爲三郎自身が「大樹には精霊が宿る場所」として大切にしてきた大木が覆い、四季それぞれに異なる表情を見せます。
- 春:早咲きの桜として知られる「四季桜」が花咲き、萌え出る新緑が建物を彩ります。
- 夏:濃い緑陰が涼しさをもたらし、廊下や縁側から眺める庭に清涼感があります。
- 秋:紅葉が庭を彩り、茶室からの眺めが一段と深まります。
- 冬:落葉後、石組みや枯滝の構造が際立ち、庭の骨格美を堪能できます。
庭園の草花
爲三郎記念館の庭園には、日本の山の風情を表現するさまざまな樹木・草花が植えられています。
| 種別 | 主な植物 |
|---|---|
| 高木・中木(常緑) | ヒノキ、モッコク、アラカシ、クロマツ、モチノキ |
| 紅葉・落葉樹 | モミジ、四季桜 |
| 茶人好みの庭木 | シャシャンボ、ドウダンツツジ |
| 竹類 | ゴマ竹、モウソウチク |
| 下草・地被 | カンツバキ、リュウノヒゲ、シダ類(ゼンマイなど) |
| 苔 | 各所に苔が敷かれ、しっとりとした風情を演出 |
特に山腹にはヒノキ・モッコク・アラカシ等の常緑樹が山を表現する背景を作り、手前にモミジの淡い緑を添えています。建物の近くに植えられたクロマツやモチノキは幹を見せて遠近感を強調する植栽です。名古屋の茶人が好んだシャシャンボやドウダンツツジ等の庭木も見られます。
はい、館内にて庭園草花マップをご覧いただけます。庭園の各所に番号が振られ、それぞれの場所に咲く草花や樹木の写真と対応した資料です。
マップは館内のスタッフにお声がけください。庭を歩きながら植物を一つひとつ確認する楽しみ方もお勧めです。
爲三郎記念館の庭園では、石組みや飛石の周囲を中心に苔が美しく敷かれています。苔は日本庭園の地被植物として欠かせない存在で、しっとりとした湿潤な雰囲気と緑の絨毯のような景観を生み出しています。
敷地の北側が高く南側が低い北ダレの傾斜地という立地条件が適度な湿度を保ち、苔が育ちやすい環境となっています。日常の手入れは、ゴミや落ち葉の除去・水やりなど、丁寧な管理が行われています。
茶室・知足庵
知足庵は、尾張にゆかりの深い織田有楽斎の名席「如庵(国宝)」を写した茶室です。
本歌「如庵」は、京都・建仁寺塔頭正伝院の書院に附属し、明治41年に東京の三井本家に移築、昭和12年に大磯の別邸へ移った後、昭和47年に現在の名鉄犬山ホテル前に移築された国宝の茶室です。
名古屋は町衆の宗和流・千家流の茶道が親しまれた地ですが、藩は有楽流を採用していました。当記念館の茶室群には各流派の名席の写しが多く揃い、各々の席を使い分ける変化に富んだ茶事が行われていたと伝わります。
知足庵には外露地と内露地があります。
- 外露地(腰掛待合):踏石は連客席に細長い鞍馬石、正客席には格上の大阪石を据えています。砂雪隠は赤呉羽太石の石張り。
- 蹲踞(つくばい):山の土留めの石組みの下に、岩の中から寛を出し、岩清水を汲む風情を演出。「四方仏の手水鉢」は本来塔身に水穴を穿ったもので、格調を感じさせます。
- 中門:表千家の「梅見門」形式。内露地の北西隅にひらかれています。
外露地から内露地へと進む動線は、茶の湯の世界へとゆるやかに誘う趣向が凝らされています。
知足庵は2帖半台目向切りの茶室で、本歌「如庵」を写しながらも独自の工夫が随所に施されています。
| 部位 | 素材・特徴 |
|---|---|
| 床柱 | 赤松の皮付丸太 |
| 相手柱 | 錆丸太 |
| 床框 | 桁丸太の面を正面にして笑窪を景色とする |
| 天井(点前座) | 落天井。萩を竹棹縁で押え、栗の山ナグリを入れ、床前は葦のひしぎの網代 |
| 天井(掛込) | 錆丸太の垂木に女竹の小舞、垂木掛は辛夷(こぶし)の丸太 |
| 腰掛 | 杉丸太の面皮を半割にして敷き詰め、野趣を演出 |
「如庵」では向って左側に小室を設け円窓をあけた袖壁を付けていますが、「知足庵」ではそれがなく、躙口も「如庵」が土門庵の中の茶室の角柱の左脇から入るのに対し、柱の右脇の床正面からの席入りとしています。全体から受ける印象は、「如庵」が武人の強直さや格調を表現しているのに対し、「知足庵」は町方の賑やかで優しい印象の席といえます。
さざれ石・珪化木
このさざれ石は、2014年(平成26年)に名古屋大学より寄贈されたものです。名古屋大学博物館(旧古川記念館)が、古川美術館の初代館長・故古川爲三郎と妻 志まとの寄付により1964年(昭和39年)に名古屋大学の施設として設立されてから50周年を記念して贈呈されました。
「さざれ石」とは、もともと小さな石という意味ですが、長い年月をかけて砂岩や泥岩などの小石の隙間を炭酸カルシウム(CaCO₃)などが埋め、石灰質の作用によってコンクリート状に固まって一つの大きな岩の塊に変化したものです。日本国歌「君が代」の歌詞に歌われることでも知られています。
このさざれ石(奈良県十津川村産)の中には灰色の石灰岩の礫が多く含まれ、約3億年前の巻貝やフズリナ(有孔虫)の化石が見られます。もともとは海中で生成されたものが、地殻変動によって地表に露出したものであることがわかります。
珪化木(けいかぼく)は「木化石」とも呼ばれます。古代に何らかの原因で土砂等に埋もれた樹木が、膨大な年月をかけて地層の圧力により、樹木が原型を変えずに二酸化ケイ素(シリカ・SiO₂)という物質に変化することで、水晶などと同様に固く化石化したものです。
このさざれ石・珪化木の展示は、2013年(平成25年)11月に常滑市の小島洋彦氏より寄贈されたものです。約2,000万年〜1,500万年前に日本に繁茂していた樹木の一部と考えられており、保存状態が良いため年輪や樹幹の形がよく分かります。
珪化木は名古屋近郊では犬山市善師野でも産出することが知られており、海外ではアメリカ・アリゾナ州の「化石の森国立公園」が有名です。
さざれ石・珪化木は庭園内に展示されています。ご見学の際にぜひ足を止めてご覧ください。館内スタッフにお尋ねいただければ、詳しい場所をご案内いたします。
お茶・カフェ
敷地内には 「数寄屋 de Café(すきや でかふぇ)」 が設けられており、日本庭園を眺めながらティータイムをお楽しみいただけます。抹茶、オリジナルメニューなどをご用意しています。
爲三郎記念館には、茶の湯の精神が息づく茶室が複数あります。
- 太郎庵:名古屋の茶人・高田太郎庵好みの茶室。床は踏み込み地板の台目床で、落ち着いた佇まいです。
- 葵の間:4.5帖の茶室で、茶道口、地袋(屋久杉)、折上天井など本格的な設えが整っています。
- 知足庵:白砂の庭路の先にある小間の茶室。利休の「足るを知る」教えにちなんで名付けられています。
茶会や茶道のイベントについては時期によって催事が組まれますので、公式サイトにてご確認ください。
「数寄屋 de Café」は爲三郎記念館の数寄屋空間の中で、日本庭園を眺めながらティータイムをお楽しみいただけるカフェです。
メニューには抹茶などのドリンクに加え、和菓子などもご用意しています。
営業時間や詳細メニューは展覧会・催事の状況により変わる場合がありますので、最新情報は公式サイトをご覧ください。
ミュージアムショップ
古川美術館・爲三郎記念館にはそれぞれミュージアムショップが設けられています。
- 所蔵作品をデザインしたオリジナルグッズ(ポストカード、クリアファイルなど)
- 作家ものの食器・器
- 季節の和小物
- アクセサリー
取り扱い商品は多岐にわたり、展覧会に合わせた限定グッズも販売されます。ご来館の記念にぜひお立ち寄りください。
設計者・建設
現在の爲三郎記念館は、主に平成6年(1994年)の改修工事によって整備されました。
| 役割 | 担当 |
|---|---|
| 設計管理(建築) | 株式会社 山下設計 |
| 施工(建築) | 株式会社 竹中工務店 |
| 庭園 監修 | 株式会社 井上造園設計事務所(井上卓之氏) |
| 庭園 施工 | 諸戸緑化産業 株式会社 |
また、平成19年(2007年)の改修工事(エントランス部分・水屋・前庭)では、設計監修を吉柳満(きりゅうみつる)氏、施工を北川組が担当しました。この工事により、受付から下足箱・大玄関への動線がより分かりやすく整備されました。
吉柳満(きりゅうみつる)氏は、数寄屋建築の設計・監修を手がける建築家です。爲三郎記念館では平成7年(1995年)の開館時の改装(浮観の間・桜の間の改修)、平成19年の再改修において設計監修を担当されました。
記念館内の「間想の間」も吉柳氏の設計によって平成19年に誕生した部屋で、日本建築における「間(ま)」の美しさを眺め、想う空間として設えられています。入口部分のグッズ販売スペースのリニューアルも同氏の設計によるものです。
爲三郎記念館の母屋「爲春亭」は昭和9年(1934年)に料理旅館「向陽館」の別館として建てられた建物です。館内に残されている棟札より、大住屋11代目・森春吉が棟梁であることが分かっています。森春吉は、のちに名古屋の名建築として名高い「八勝館 御幸の間」の施工にかかわったことでも知られています。
昭和20年(1945年)に古川爲三郎が購入してから以後、103歳で亡くなるまで暮らした邸宅であり、ほぼ創建当時の姿が維持されています。
ご来館について
建物・庭園の撮影につきましては、一部エリアを除き個人の記念撮影としてお楽しみいただけます。三脚・自撮り棒など機材の使用、商業目的の撮影については別途ご確認ください。
展示作品については著作権の都合上、撮影をお断りする場合がございます。スタッフの案内に従ってください。
爲三郎記念館は昭和初期建築の数寄屋造りの建物であり、段差・敷居・階段などが多く存在します。車椅子での移動や足の不自由な方のご見学については、制限が生じる場合がございます。
お越しの際は、事前にお電話(052-763-1991)にてお問い合わせいただくと、ご要望に沿った対応が可能な場合がございます。
団体でのご来館、また各種催事・茶会での施設のご利用については、館へ直接お問い合わせください。
TEL:052-763-1991(古川美術館)
誠に恐れ入りますが、ペットのご同伴はご遠慮いただいております。補助犬(盲導犬・介助犬・聴導犬)は法律に基づきご同伴いただけます。
中学生以下は 入館無料 ですので、お子様連れでもぜひお越しください。数寄屋造りの日本建築や日本庭園は、子どもたちにとっても貴重な体験となります。
ただし、貴重な文化財建築のため、走り回ったり柱や壁に触れることはご遠慮ください。小さなお子様のご来館の際は、保護者の方が十分にご注意いただきますようお願いいたします。
記念館の見学には 約60〜90分 が目安です。各部屋の建築意匠をゆっくり鑑賞し、庭園を歩き、桜の間でお抹茶を楽しまれる場合はさらに時間に余裕をお持ちください。